青山外苑前のガイドマップ&お店紹介、外苑前の歴史をご紹介

AOYAMA GAIENMAE NAVI 青山外苑前ナビ

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青山外苑前今むかし

郷土史資料で見る青山外苑前今むかし



15.青山通り拡張が街を方向づけた



青山4丁目付近 昭和34年
正面奥にみえる白い建物が青山電話局(現在のNTT青山)。手前左の車は当時あこがれのヒルマン55年型。


明治神宮外苑青山口 昭和34年今の銀杏並木入り口あたり



青山通りを行く皇太子(現平成天皇)のご成婚パレード


昭和20年、太平洋戦争終戦。この戦争による被害は全国的であるが、赤坂地区(赤坂・青山)の被害率98.3%が最大だったという。昭和20年5月25日の大空襲で、それまで残っていた建物もほとんど焼かれ、赤坂青山一帯は焼け野原となってしまったと港区資料にも書かれている。復興を目指した青山のターニングポイントとなったのはやはり東京オリンピックの開催であろう。
昭和31年、自動車時代への対応策とした高速道路建設も含む「首都圏整備法」という道路計画が実施される。昭和39年のオリンピックに向けて大幅な道路拡張工事のため、鉄板で覆いをされた状態が長く続く。そして青山通りはそれまでの22メートルから現在の40メートル道路へ拡張整備された。

昭和43年9月29日、長年親しまれてきた路面電車(この頃には都電)、青山1丁目〜渋谷区間が姿を消し、以後青山の風景は大きく変わる。この日から青山通りは自動車が独占し、交通量は年を追うごとに激増していったのである。


青山一丁目交差点 昭和36年(みなと写真散歩) 今や第一線のビジネス街も当時はこんな風青山六丁目交差点 昭和34年

青山六丁目交差点 昭和34年

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